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甲状腺外来

甲状腺外来の診療について

甲状腺外来で扱う病気

甲状腺の病気には大きく分けて次の2種類あります。

① 甲状腺の働きに異常がある病気
これは甲状腺ホルモンが過剰だったり不足したりするものです。この状態は,2-3カ月もすると治ってしまうものもあるため,1回の検査では決められないことがあります。また現在治療の必要がなくても、今後その可能性がでてくるものがあります。これらを見極めた上で対応する必要があります。
甲状腺ホルモンの過剰が続くものは主にバセドウ病です。まず薬で治療します。逆に甲状腺ホルモンが不足する場合を甲状腺機能低下症といいます。この原因で一番多いのが橋本病ですが、手術による甲状腺の切除、生まれつきなどほかにもいくつかあります。これらの治療はすべて同じで、不足分の甲状腺ホルモンを補充します。なお、橋本病は甲状腺に慢性の炎症がおきている病気で、慢性甲状腺炎ともいいます。甲状腺機能低下症になっていないことも多く、その場合には、なにか症状があればほかの原因からくるものです。従って治療の必要はありません。炎症が進むと甲状腺機能低下症になりますが、この状態は数ヶ月のうちに治ることもあります。

②甲状腺にできるしこり(腫瘤)
甲状腺のもう一種類の病気は腫瘍性の病気で,甲状腺の中にしこり(腫瘤)ができるものです。通常は甲状腺の働きに異常はありません。手術が必要なのは悪性の場合です。幸いなことに、甲状腺の癌の大半はなかなか進行せず、なかには進行しないものもあるので、小さい場合は手術をしないで経過をみるだけですむこともあります。

妊娠・出産を希望する患者さん

バセドウ病や橋本病,甲状腺機能低下症の患者さんは、適切に対応すれば安全な出産ができ、妊娠・出産をあきらめる必要はまずありません。リスクがあればそれを避けるように治療を行います。これは本会甲状腺外来で特に力をいれているものです。治療中であっても,お子さんに影響が残らないようにする適切な対処法があります。

甲状腺外来担当医師の担う役割

他の病気にもいえることですが、バセドウ病は治るまでの期間が人によってかなり違います。長くかかることが多いことは確かですが、それぞれに合った治療をして甲状腺の働きが正常になっていれば健康,QOLに支障がでることはなく、食事、運動、仕事の制限はありません。またこういう状態にすることは難しくありません。「治らない病気」などと言われることがありますが、それは薬がいらなくなっても今後再発しないことを100%保証する検査が今のところないからです。そのため甲状腺の機能が正常であるかどうかを定期的に調べる必要があります。検査して正常なら「治っている」と言っていいわけですが、この状態を専門用語で「寛解」というので、治っていないという誤解を招くのです。患者さんに「治らないのではないか」という不安があるのは、治りにくい患者さんの通院が多く、治った状態の人の受診が少ないことが原因でしょう。
なお「バセドウ病は目が飛び出る奇病」、「橋本病は難病」と思われていることが多いのに驚きます。その原因は,後を絶たないテレビや雑誌,新聞で報道される,あるいは口から口へと伝えられる偏った無責任な情報ですが,これを訂正する手間を惜しむ医師側にも責任があります。甲状腺外来では、正しい知識の普及のために患者さん向けに行っている方法として、診療中の説明のほかに、各疾患ごとに分かりやすい説明を書いたパンフレット、検査の読み方・検査結果・治療内容を記載する手帳の配布、バセドウ病・橋本病についての勉強会を行っています。また医師向けに、専門知識の提供も行っています。それらのうち最近の主なものは下記の通りです。

論文

百渓尚子 「橋本病患者が被っている社会的不利益の現状」
日本医事新報 第4674号,2013
百渓尚子 特集 不定愁訴症候群とどう向き合うか「甲状腺関連疾患」
成人病と生活習慣病46巻10号,2016
百渓尚子、岩間カールソン彩香 特集 甲状腺疾患のcontoroversy
「妊婦甲状腺機能低下症の子どもの知能への影響:成績の不一致とその原因」
内分泌・糖尿病・代謝内科, 42(1):10-15,2016
(編) 百渓尚子、杉谷 巌「甲状腺疾患診療実践マニュアル 第4版」
文光堂, 東京, 2016
J Clin Endocrinol Metab 97: 1104-1108, 2012
"Neurodevelopment in Children Born to Hypothyroid Mothers Restored to Normal Thyroxine (T4) Concentration by Late Pregnancy in Japan: No Apparent Influence of Maternal T4 Deficiency"

講演

平成24年 第85回日本内分泌学会学術総会 教育講演「妊娠合併甲状腺疾患への対応」
平成25年 第86回日本内分泌学会学術総会 シンポジウム 「甲状腺疾患と妊娠:
子どもの神経発達における母体T4の役割」
平成27年 第15回日本内分泌学会四国支部学術集会女性セミナー「甲状腺疾患と妊娠」

福島第一原発事故と子どもの甲状腺がん

はじめに

2011年3月11日の福島原子力発電所の事故で放出された放射性ヨウ素(ヨード)で、子どもが甲状腺がんになるかもしれないと不安ではありませんか?それは情報不足から来る無用な心配かもしれません。このコラムをよく読んでみてください。

甲状腺と放射性ヨウ素

甲状腺は,エネルギー代謝に関係する「甲状腺ホルモン」を作っている臓器です。このホルモンは、食物に含まれるヨウ素を材料にして作られるため、甲状腺は胃腸から吸収されて血液中に入ってきたヨウ素を積極的に取り込みます。原発事故では放射能を帯びたヨウ素が大量に放出されますが、この放射性ヨウ素も同じように甲状腺に集まります。放射性物質は量が多いとがんを発生させる可能性があるので、2011年の福島の事故による影響が心配されているわけです.

チェルノブイリ原発事故と甲状腺がん

甲状腺のがんもほかのがんと同様に、放射能とは関係なくみられるものですが、その場合は子どもは大変まれです。ところが1986年のチェルノブイリ原発事故から4年ほどして,子どもにめったにないはずの甲状腺がんがみられるようになり、放射性ヨウ素の被ばくと関係があることが判りました.大人ではなくて子どもに増えたのは、もともと細胞分裂が活発な細胞ほど放射能の影響を受けやすいためでもありますが、チェルノブイリ事故の場合は、乳児が放射性ヨウ素に汚染されたミルクを飲んだことが大きな原因でした。因みに放射性ヨウ素で起こるがんは、被ばくして4年ほどして起こるということがこの事故で分かり、福島での原発事故後のがんを考える上で参考になっています。

福島の原発事故の場合

幸い福島の場合、放出された放射性ヨウ素で被ばくした量は、がんを発生させるほどでなかった人がほとんどでした。この量はあとから推定したものですから必ずしも正確ではありませんが、汚染されたミルクの飲用がなかったことからみても、被ばくによるがんは、たとえあったとしても極めてまれだとされています。因みに主に放射された放射性ヨウ素131の放射能は8日間で半減するというペースで次第に減っていきますので,これによる被ばくはその後続いていません。

もう一つの安心材料としては、次のようなことがあります。それは日ごろのヨウ素の摂取量です。ヨウ素を多く含む食物は何と言っても海産物で、日本人はこれを好んで食べています。なかでも海藻類はヨウ素を多量に含んでいることはよく知られています。とりわけヨウ素の量が多いのが昆布ですが、食べていないと思っても、「うま味」を出す目的で「だし」として加えられていることが少なくありません。そのため日本はヨウ素摂取量が世界でも指折りです。その結果、放射性ヨウ素が体に入ってきても甲状腺に入る量が制限されることになります。これに対してチェルノブイリ周辺の地域のヨウ素の摂取は、1日に必要な量より不足していました。そのため甲状腺に集まる放射性ヨウ素が福島の場合より多かったことは確かです。

「安定ヨウ素剤」の役割

原発事故の恐れがある地域にはヨウ素の錠剤が配られますが、これには1錠あたり昆布10グラムかそれ以上に相当するヨウ素が含まれています。年齢によって飲む量が違いますが、その量は、チェルノブイリ事故のように大量に被ばくしたとしても甲状腺の被ばくを抑えることができる量です。ただし効果が十分であるためには飲むタイミングが重要で、被ばくと同時なら100%効果があります。これはまず不可能でしょう。被ばく後に服用した場合は、1時間後が85%、3時間後が50%と急激に効果が減り、6時間を過ぎるとほとんど効果がありません。なお、ヨウ素剤による危険、あるいは副作用を問題にされることがありますが、1回服用するだけでは心配ありません。因みに40歳以上の人にはこの錠剤は必要ありません。それは原発事故の被ばくでは甲状腺がんは起きない年齢だからです。

以上のことが理解できれば、不安はかなり解消されたと思いますが、さらに安心するために、甲状腺がんについて説明しましょう。

甲状腺がんの特徴

「がん」とひとことでいっても生命に対する危険度はさまざまです.膵臓がんや肝臓がんなどは進行が早く危険度が高いために目立ちますので、かなり多いのではないかと思われてしまいます。一方、甲状腺がんですが、これにはいくつか種類があり、危険度が違います。このうち被ばくで増えるのは、甲状腺がんのうち最も多い「乳頭がん(細胞の並び方からつけられた名前で,乳がんとは関係ありません)」と呼ばれるもので、被ばくでない甲状腺がんも90%ぐらいがこのがんです。良性の甲状腺の「しこり」は、超音波検査をするとよくみつかりますが、「乳頭がん」も超音波と細胞の検査をすると小さいものがみつかり、1㎝以下のものが100人のうち2-3人ほどあったといわれています.超音波装置が発達して精度がよくなればなるほどよく見つかるので、がんが増えたように受け取られてしまいます。実は何かほかのことが原因で亡くなった人達の甲状腺を細かく調べると、6%~36%の人にこのがんが見つかるほど多いのです。症状がなく、なかなか大きくならないのがほとんどなので、一生知らずにいるわけです.これまで甲状腺がんがあまり知られていなかったのは、このようにもともとほとんど進行していないようなものが多く、死亡するようなことがめったにないからです。

子どもの甲状腺がんは増えたか

さて小児の甲状腺がんですが、これまで子どもにみられるのは100万人中1-2人程度だとされていました。しかしこれは大きくなって初めて受診した子どもの場合です。実際にどのぐらいあるか知るには、無差別にたくさんの小児を調べる「スクリーニング」という方法で調べることが必要ですが、これまでこの方法で小児を調べたことはありませんでした。そのため福島原発事故で増えたかどうか、つまり被ばくによるものがあったかどうか知りたいと思っても比べるものがありません。前に述べた理由から、その可能性はかなり低い、あるいはまずないのではないかと思われますが、これを確かめるために、福島県では、2011年10月から、事故当時18歳未満だった36万人について、進歩した超音波装置を使って「県民健康管理調査」甲状腺検査が開始され、今後もずっと追跡調査が行われることになっています。

2015年3月末までに36万人中の81.5%がこの調査を受け、約1万人に3人程度に甲状腺がんに見つかりました。ただしこのがんは、放射性ヨウ素の被ばくとは関係ないと考えられます。その根拠はいくつかあります。まず放射性ヨウ素の被ばくを受けてもすぐにがんが発生するわけではありませんので今見つかるのは早すぎます。また被ばくによるものは、被ばく時に乳幼児であることがほとんどですが、福島のものは被ばく時の年齢が平均15歳で、6歳以下はいません。そして何よりも精度の進んだ装置を使って、専門家を中心に高い技術を持つ医師たちがスクリーニングしたために見つかったということが原因です。3年に亘って順々に検査していったので、放射性ヨウ素によるものであればこの3年の間に次第に増えるはずなのが、どの年度も変わりない発見率だったことと、被ばく線量との関係もみられなかったということも、被ばくと結びつけるには無理があることを示しています。

子どもの甲状腺がんの特徴

なお小児の甲状腺がんは、最初の進みは早いように見えますが,最終的には大人と比べて安心な経過をとります。いずれにしてもこの種類の甲状腺がんは、「最も多いがんだが一番死なないがん」といっても過言ではありません.チェルノブイリ事故後、2005年までに子どもの甲状腺がんによる死亡が15件あったといいますが,これには医療の質の問題もあったのではないかと思われます.ロシアでの手術の状況を知った日本の甲状腺外科医達は、技術を指導に行くようになりました.

おわりに

暗い情報は一度流されると誇大にされて素早く伝わり深く浸透します。そして誤りを訂正しようといくら説明しても説得力に欠ける傾向があります。そして原発と甲状腺がんの関係について説明すると、東京電力との関係を疑われたりしかねません。因みにこのコラムは、エネルギーを原発に頼ることを薦めるためのものでは決してありません。
どうかこれからは不安を煽るための情報と、信じてよい情報を聞き分けてください。

2014年11月末日
公益財団法人東京都予防医学協会
内分泌科部長 百渓尚子