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忍びよるスポーツ障害
浅井利夫東京女子医科大学第2病院スポーツ健康医学センター教授
(『よぼう医学』99年7月号(323号)に掲載)
見えない「スポーツ障害」

  スポーツ障害というと、骨折や肉ばなれといった印象が強いようですが、最近のこどもたちを見ていると、それらとは違う内科的スポーツ障害が増えているようです。

  スポーツ障害には、骨折などの外科的障害の他に、右のような内科的スポーツ障害があります。特に、表の右側の慢性障害は外から見えにくく、こども自身も異常に気づかずにいることが多いのです。また、保護者や先生方に「スポーツをしているこどもは健康」という思い込みが強く、こどもが不調を訴えても「たるんでいる」とかたづけてしまう場合が少なくありません。
主な内科的スポーツ障害
急性障害 慢性障害 
(1) 心停止(突然死) (1) 貧血
(2) 動脈瘤破裂(突然死) (2) 不整脈、スポーツ心臓
(3) 熱中症 (3) たんぱく尿、血尿
(4) rhabdomyolysis
(筋肉融解)
(4) 慢性疲労
(5) side stitch(脇腹痛) (5) 不眠症
(6) 低血糖症候群 (6) 消化性潰瘍
(7) 高山病 (7) 慢性疾患(循環器系、肝、腎など)機能増悪
(8) 潜水病
(9) 過呼吸症候群
(10) 運動誘発性喘息 (8) 月経不順(障害)

  そこで、ここでは慢性内科的スポーツ障害のうちいくつかと、今の季節に問題となる熱中症などについて取り上げたいと思います。
目次
オーバートレーニング スポーツ貧血 月経不順
熱中症 運動誘発性アナフィラキシー、運動誘発性気管支喘息
科学に基づいたスポーツを


オーバートレーニング

  中学・高校の一部には、朝も練習、夕方も練習、土日は試合という運動クラブがあり、強いクラブほどその傾向が強まります。その結果、生じるスポーツ障害のひとつがオーバートレーニングで、簡単に言えば慢性疲労状態です。

  オーバートレーニングになると、不眠、興奮(いらいらする)、食欲減退、体重減少、頭痛、動悸、発熱(微熱)、不活発、異常発汗などの症状がみられます。

  特に、入部直後の緊張が少しとける夏の前の時期、学年では中学1年生、高校1年生に多く、女子では月経が停止することも多いので注意が必要です。

  たとえば、中学1年のある女子生徒は、「1カ月前にかぜをひいて以来、微熱が続く」ということで来院しました。バスケット部に入ってはりきって練習していると言い、検査をしても異常がありません。ところが、最近は食欲も低下して、体重が4kgも減ったというのです。

  体温を1週間つけてもらうと、たしかに朝夕とも37度程度の熱があります。でも、それより目についたのは、5時半という検温時間でした。仮に自律神経失調症であれば、毎朝こんなに早く起きられるはずがありません。理由を聞くと、クラブの練習に行くのだと言います。「月経は?」と聞くと「ありません」。これでオーバートレーニングだとわかりました。
オーバートレーニングの原因
1. 大きすぎるトレーニング負荷
2. 急激なトレーニング負荷の増大
3. 過密な試合スケジュール
4. 不十分な休養、睡眠
5. 栄養不足
6. 過剰なストレス
7. 不十分な、病気からの回復

  そこで、3カ月間は休部するよう診断書を出しました。この女子生徒はその後、月経も戻り、元気になりましたが、おそらく左の表の1、2、7のようなことが原因でオーバートレーニングになったものと思われます。

  このように、慢性疲労状態といってもこども自身が「疲れた」と訴えてくることはまずありません。でも、体育が盛んな学校であれば必ずと言っていいほど、こうした症状に悩むこどもがいるのです。

スポーツ貧血

  スポーツでなぜ貧血が起こるのか。さまざまな原因があって「これ」と言うことはむずかしいのですが、大きい問題は、やせるためにスポーツをし、同時にダイエットもしている女子の場合です。もし本当にやせる必要があるのなら、食生活のバランスを崩さない細心の注意の上でダイエットしなければなりません。その必要もないのに、自分勝手にダイエットを試みて食生活のバランスが崩れれば、鉄分も不足し、同時に運動によって物理的に赤血球が壊れます。そして、貧血が起こるのです。

  一般のおとなの鉄所要量は1日10〜15mgですが、スポーツをする人は2〜3倍の30〜40mg必要です。

  ところが、今のこどもたちはファーストフードばかり。夕飯もできあいの総菜を並べるだけという家庭が少なくないようです。これでは貧血にもなるでしょうし、成績も上がりません。ですから、こどもたちから「成績が上がらない」という悩みを聞くと、私はまずオーバートレーニングか貧血を疑います。

  そして、貧血であれば鉄分を十分摂取するよう指導します。レバーがダメなら、つくだ煮などでもかまいません。とにかく鉄分の多いものとその吸収に不可欠なビタミンCを同時に摂取することが重要です。

月経不順

  オーバートレーニングや無理なダイエットでは、たいてい月経不順や月経停止を伴います。本人も「楽でいい」と言うことがあり、まわりもたいして気にしませんが、骨は女性ホルモンと深く関係して作られているので、その骨が作られるべき大切な時期に更年期と同じ状態になってしまうのですから大変です。ですから、まずスポーツ指導者や先生方にこの時期の月経不順は将来に大きな影響を及ぼすことを理解していただき、その上でこどもたちにもしっかりと伝えてほしいと思います。

  一方で、月経中の悩みも少なくありません。個人差はありますが、ホルモンの影響で集中力が低下する子や、腹痛などに苦しむ子もいますから、そういった訴えがしやすい環境と同時に、大事な試合などで必要な場合には月経周期のコントロールを考える必要もあるでしょう。

熱中症

  気温も湿度も高い今の時期、熱中症は非常に増えます。特に、受験勉強で体力が落ちていたところへ急に厳しいクラブ活動を始めた中学・高校1年生が要注意です。

  実際、右の図で示したように、日本の夏はたいてい危険域に入ってしまう環境にあります。熱中症は重症の場合、腎臓の機能が失われることも、死に至ることもあり、今でも毎年10人弱が死亡しています。

  熱中症が多発する背景には、「練習中、水を飲むとたるむ」といまだに思っている多くの指導者の存在があります。
  日本体育協会も「熱中症予防のための運動指針」を出している現在では、こうした迷信を信じてこどもを熱中症で死亡させたりした場合、学校側が責任を問われてもしかたないと言わざるをえません。
  熱中症は1時間に10分程度休憩し、発汗量を少し上回る量の水分を補給すれば防げます。また、初心者の場合、炎天下での練習は徐々に時間を延ばしていくなどの工夫も必要です。ちなみに、水分補給は種類を問いません。

運動誘発性アナフィラキシー、運動誘発性気管支喘息

  以前からあったにもかかわらず、最近になって診断がつくようになったのが、運動誘発性アナフィラキシーです。これは、食物アレルギーをもったこどもが食後2時間ぐらいの間に運動をした場合、呼吸困難や意識の消失、じんましん、吐き気などのショック症状を起こすものです。

 多い原因食はエビ、カニですが、小麦、メロンというケースもありました。たいていの子は、「たいしたことない」と言われて、2度、3度と発作を起こした後、自分から受診していますが、中には救急車で運ばれてくる場合もあり、ひどいと死亡することもあります。

 食事後2時間以上過ぎてから発作を起こした例はないので、昼食直後の体育は避ける、運動してすぐに症状が出るので「アナフィラキシーかな」と思ったら、たとえ休ませて症状がおさまっても必ず、小児科医またはスポーツ医に受診するよう指導してください。

 また、最近では食物アレルギーのみならずアレルギーを持ったこどもが増え、気管支喘息も増えています。運動誘発性気管支喘息は、気管支喘息のこどもの4〜6割にみられ、運動してすぐに発作を起こすタイプと、12時間ぐらいたってから発作を起こすタイプがあります。実際には後者が多く、学校で運動してその夜に発作を起こすため、先生方が気づかないこともままあります。

 運動誘発性気管支喘息の発作は、運動によって気管支から熱や水分が失われることによって起きます。ですから、水泳や、比較的じっとしている時間が多い野球などでは発作は起きません。逆に陸上競技やマラソン、自転車こぎなどは起こる確率が高いと言えます。

 運動誘発性気管支喘息は、運動する前に吸入薬を使用したり、ピークフローメーターで呼吸の状態をみたりすることで予防できます。まず、小児科医またはスポーツ医を受診して、指導を受けることがポイントです。

科学に基づいたスポーツを

  今、スポーツの世界は「科学」の時代です。ウエアや用具だけでなく練習方法、栄養に至るまで最先端の科学が導入されています。ところが、日本の中学・高校のクラブというと、いまだに精神論が重視され、毎日毎日何時間も練習すれば強くなるという迷信が強いのです。また、マスメディアもそういった面を強調し、称賛する傾向があります。そのため、学生時代に活躍した選手が、数十年後、人知れずスポーツ障害の後遺症に苦しむケースも少なくないのです。

  練習の効果をあげるためには、個人に合ったインターバル、休養が必要です。疲れを持ち越して練習を続ければ、効果があがるどころか、成績は下がるだけです。スポーツ指導者には、競技の技術だけでなく、さまざまな科学的知識が求められている時代だと言ってもよいでしょう。

  もうひとつ、日本の競技スポーツの特徴は、非常に小さい時期から特定の競技だけをさせることです。からだを動かす能力は発達に応じて伸びていくものですから、特定のスポーツだけをさせることは、発達の偏りを生むと同時に、スポーツ障害の原因ともなります。

  また、こどもの頃から勝敗にこだわった競技に参加することで、とりかえしのつかない挫折感を味わったり、スポーツ自体が嫌いになったりする場合もあります。

  右の図表は、年齢に応じてどのように身体活動能力を伸ばしていくかを示したものです。こうした伸びに合ったからだの動かし方、スポーツをすることで無理のない、バランスのよい成長が促され、なおかつからだを動かすことの楽しさを知っていくわけです。
11歳以下
いろいろな動作に挑戦し、スマートな身のこなしを獲得する。
(脳・神経系)
12〜14歳
軽い負荷で持続的な運動を実践し、スマートな動作を長続きさせる能力を身につける。
(呼吸・循環系)
15〜18歳
負荷を増大させ、スマートな動作を長続きさせるとともに、力強さを身につける。
(筋・骨格系)
19歳以上
スポーツにかかわる身体動作を十分に発達させた上に、試合のかけひきを身につけ、最高の能力を発揮できるようにする。
(出典:宮下充正,1986)

  「生活習慣病」の増加が国民的問題になっている現代、生涯スポーツという観点からより多くのこどもたちにからだを動かす楽しみ、スポーツをする楽しみを伝えていくことが重要です。スポーツをまったくしないこどもたちと、競技スポーツに熱心なこどもたちの乖離がますますひどくなる今日、スポーツのあり方をきちんと見直す必要を痛感しています。

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